洋楽クラシックロック雑記帳

懐古趣味の70年代、大体リアルタイムの80年代を中心に思いつくまま。ほぼ備忘録

ちょっとEnuff Z’Nuff ―Part5―

1993年、イナフ・ズナフの3rdアルバム「Animals With Human Intelligence」が発表される(日本盤の発売日は4月21日)。

1stシングル「Right By Your Side」。


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2ndアルバム「Strength」に満足出来なかった私は、心の奥底で細く長く次に期待をしていた。
だがこのミュージックビデオ(以下MV)を見たとき、ますます地味になったビジュアル、落ち着いた曲調に、またこんなかんじか〜、と小さく静かに落胆した。

でも、仕方ないのかな……という思いも。
当時はグランジなどオルタナ系がメインの音楽シーン、私が好きだったかつてのハードロック、ハードポップ系などというのはもう流行りではなかったから。

ということで少しだけこのMVについて。

映像はアンティークな赤茶色の風合い。
その効果もあり、ドニー・ヴィー(vo.gt.kb)の髪色は赤く輝き、それが美しい。
デレク・フリーゴ(gt)は父、ジョニー・フリゴと。
親子なのに表記ゆれ……ま、まあ、いっか。
ちなみにジョニーはバイオリンで前作に参加している。
存在感あるチップ・ズナフ(ba)もシック&サングラスをかけていなかったりするのが新鮮。
そしてドラムを叩いているのはリッキー・ペアレントで、ヴィック・フォックスの姿はない。

ヴィックは3rdアルバムのレコーディング後、イナフ・ズナフを脱退し、ヴィンス・ニール バンドに加入。
そのことを洋楽専門誌で知ったときにほとんど驚きはなく、妙に納得したかんじ。
私の中のヴィックのイメージは、その雰囲気やプレイスタイル的にもっと派手で危険な香り系のバンドに居てそうな人、というもの。
だから、なにか本来の場所へ収まっただけのごく自然なことのように思えたのだ。

その反面、ややこしくて勝手な感情だが、そのイメージが現実になってしまったこと自体は寂しかった──ヴィックのファンでもなかったくせに。


と、そんな時代にドニーとチップがアルバムのプロモーションのため初来日。



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↑の動画、私は見たことがないTV番組。
調べてみると、テレビ神奈川(TVK)にて放送されていたミュージックトマト(その中の水曜番組Music Tomato ROCK SHOW)という音楽情報番組だそう。

「Right By Your Side」のアコースティックバージョン。チープ・トリックの「Oh Claire」をイントロに持ってくるところやサビの最後を日本語で歌ったり、心憎いステキな構成。

ドニーの歌、温かい。
歌いながら観客の誰かに目を合わせて微笑むという、ごくさりげない場面が印象的。
そんなかんじで歌う人の代表って私の中ではジャーニー在籍時のスティーヴ・ペリーなんだが、なんとなくその雰囲気を感じた。

そしてチップ、「値引品」と書かれた紙を貼り付けたベースを抱えるお茶目さん。
でもこの演奏、ドニーの弾き語りがメインみたいになって、チップの音が聴こえてこなくてもったいない。

彼らはまた、洋楽MV番組「SONY MUSIC TV」(以下MUSIC TV)*1にも出演。



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この動画を見ているうち、当時まさにこの時の特集を録画したことを思い出した。
もっとも、すでにその録画テープもなく、移行したDVDも劣化してしまって見ることが出来なかったこともあるが、内容の方はほとんど覚えておらず、こうして再び視聴できるということがいつもながら本当にありがたい。

さて、エレピ(エレクトリックピアノ)&ベースでの「Innocence」(2ndシングル)。

私の知っている浅く狭いジョン・レノン像がそこに重なるような曲。
そのせいか、エレピを弾くドニーがジョン・レノンと重なる──でも若いからジョンの息子、ジュリアン・レノンっぽくも見えてくる。

視聴中、彼の歌のルーツも垣間見たような気になりつつ、とてもいい声、とてもいい表情だと思った。
とにもかくにもエレピの浮遊感ある音色、感傷的なメロディーに惹き込まれる。

で、チップ。
「値引品」の紙は貼ったままのベース、そしてこちらも音が(コーラスも)すごく控えめ。
とはいえ要所のフレーズは聴こえてくるし、メリハリかな?

曲を終えたドニー、最後にパラッと弾くとカメラ目線になり、エレピの上に置かれたグラスの中から紙幣をひょいっと抜き取ってポケットに入れ込む……というプチ演出が入ってるかんじに、なぜか懐かしの「演歌の花道」がダブる私である。


↓はMUSIC TVバージョンの「Right By Your Side」。


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こちらはチップのベース、ほどよく聴こえていいかんじ。
硬くこもったパッシブな音質がクラシカルな味わい。
ファルセットでのコーラスも優しい響き。
そしてドニー、ここでもミュージックトマトでのバージョンで歌う。
「日本語を入れる」はお約束なのかもしれないけど、どうあれこういうサービスは嬉しいもの。
演奏直後、二人が顔を見合わせているのもほんわか、いい余韻。


時代的にはMTVアンプラグドの影響というか流行りがまだ続いていて、いろんなジャンルのアーティストやバンドが通常のライブとは別にこういった形式の演奏をしていたような記憶。

プロモーション来日の場合、演奏とかしないイメージがあったが、そんなような時代背景もあってチップ&ドニーのスタジオライブがセッティングされたのかな〜なんて、関係があるような、ないような。

ちなみに放送日&収録日は……

Music Tomato ROCK SHOW→1993年3月3日(公開生放送)

MUSIC TV→1993年3月4日(4月中にはオンエア予定)

以上、BURRN!1993年5月号参照。


この当時のドニーは赤毛な髪色のすごくきれいなお兄さん、という印象が強い。
そのせいか、ドニーといえば今までずっとこの頃のビジュアルが真っ先に思い浮かんできていたほど。

そんなかんじで、この来日時のMUSIC TVや洋楽専門誌でのドニーがかっこいいという軽薄な理由を呼び水とし、もう一度期待を持って3rdアルバムの購入を考えた。
しかし、最終的に見送ってしまう。

アルバムのタイトルがなんとなく、私の思うイナフ・ズナフらしくないと勝手に感じていたのもある。
そしてアルバムジャケット*2、ヴィックがいなくなったのだから仕方ないのだが、3人だけが写っているというそのこと自体が、なんか妙にイヤだった(ちなみに、このアルバムの広告に使われていた写真はリッキーを入れた4人でのもの)。

まあ、いろいろ時間がなかったのだろうとか、本作で叩いているのはヴィックなんだし、とか……でもそれよりも何よりも、とにかく「なんかイヤ」だったのだ。

「1stも2ndも購入してきて、今回もなんだかんだで3rdをそばに置きたい。それなのに……」

若さゆえの謎のこだわりだったのか、どうしてもこのジャケットが引っかかってしまい、それ以上、先に進むことが出来なかった。

そんな感情を最後にイナフ・ズナフから遠ざかっていき、私の中で完全に過去のバンドとなっていた2004年、デレクの訃報をネット上で知る。

信じられずショックだったが、いつしかそのことも遠い記憶となって薄れていき……。


そしてまた今になって、手前で引き返して知ることをしなかった3rdアルバムをYouTubeアートトラックやサブスクにて聴いている。

各曲のひとくち感想は以下↓

*シャープでソリッド、都会的な雰囲気。ドニーの歌の巧さに思わず聴き入る「Superstitious」

*どんよりと湿った空気の中、重い足を引きずって歩くみたいな「Black Rain」

*当時の感想はおとなしめであんまり……だったが、今ではキャンドルに火を灯すような温かさを感じる「Right By Your Side」

*少し不安げなイントロも束の間、Bメロからサビにかけての反則ばりのときめき仕様、伸びやかなボーカルが冴え渡る「These Daze」

*この時代(1993年当時)の曲調というかんじ。だからかどうかドニーの歌い方、たまにぎこちない気がする「Master Of Pain」

*愛らしく素直、でも寒々として寂しい。そんな相反する歌い方がキラキラと光っている、そしてギターがすごくいい「Innocence」

*優しく元気づけてくれるような青春系メロディー、ドニーのファルセットからの柔らかいサビにじんわり癒される「One Step Closer To You」

*大好きな土埃系!自由で広大な空気感、音はハードでありつつブルース、カントリーロック、そのあたりの複合がたまらない魅力の「Bring It On Home」

*イントロから絶対的な安心感と幸福感、確信犯のシタールにサイケで極彩色な模様が浮遊するところからさらに解放された魂が宇宙を旅する「Takin’ A Ride」

*ガンズ・アンド・ローゼズ系の猥雑感もあるリフ、そういうのってなんか意外。Bメロパートでホッとする「The Love Train」

*小説のタイトルのようで、曲の展開もドラマティックな「Mary Anne Lost Her Baby」

*80年代半ばあたりのLAメタルを彷彿とさせる曲(というかギター!)、でもなんでこの時代(1993年当時)に?そんな「Rock N World」

*日本盤と米国再発盤に収録のボーナストラック。夢のように美しい、が、それはいつまでも満たされずどこか虚しいようでもある「Fingertips」


──ということで、若干ちぐはぐとした印象はあるものの、主軸としては温かくて癒し効果抜群のハードポップという感想。

いちばん好きな曲は「Takin’ A Ride」。
私にとってのズナフ節にどっぷり浸かる至福。
それと同じくらい大好きな「Bring It On Home」、ドニーのオフィシャルYouTubeチャンネルでアコースティックバージョンも視聴したのだが、こちらはオリジナルでも感じていたブラインド・フェイス「Can't Find My Way Home」風味がさらにあり、そのせいかドニーのファルセットがスティーヴ・ウィンウッドっぽく聴こえてきたりして、より染み入るように。
「These Daze」、「One Step Closer To You」も唯一無二のポップセンス炸裂でとても心地よい曲。

その中で「Takin’ A Ride」、「One Step Closer To You」でのデレクのギターが、70年代後期〜80年代くらいのニール・ショーン(ジャーニーのギタリスト)の雰囲気を感じさせて私は非常に好きである。

私のイメージでのデレクというと、音数の多い弾きまくり系で、私はそのテクニカルで華麗でいながらもエモーショナルで大いに泣くギターが大好きだったからもちろん堪能派ではあるのだが、上記2曲に関しては曲調に合わせての押し引き具合、音数だけではない空間に響かせるスペイシーな聴き味がスーッと清涼剤の如く、本当に耳に気持ちいい。
そして他の曲においてもシュッとした垢抜け感──いや、デレクだな〜的なハードロックギターも聴けるし、それはそれでこのアルバムではもはや滋味深いのであるが。


長い間、私にとってのイナフ・ズナフは1stアルバムだけで、中でも特に、大好きな「Finger On The Trigger」や彼らを知った曲であり、イントロからすぐ懐かしい当時の気分が脳内になだれ込む癒しの「New Thing」で完結していた。

今回、改めて聴いた2nd、初めて聴いた3rd。
この2枚を聴かないと私の思い出の中のイナフ・ズナフは完了しない気がした。
結果、そこにはたくさんの好きな曲があったということが嬉しかった。
 
調子に乗って、他の未聴アルバムもちょっと聴いてみようかなという気にもなっている。
で、彼らのメジャーデビュー前のデモ音源が収録されたコンピレーションアルバム「1985」(1994年)をなにげなく聴いてみた。

すごくいいな!と思った「The Tears of a Clown」、調べたらスモーキー・ロビンソンのカバーだったりとかしながらも、あとメンバーも違う(ギターとドラム)けど、イナフ・ズナフはイナフ・ズナフだな〜と。

ほんわかとポップで、甘酸っぱくて圧倒的にメロディアス、60年代オールディーズ風や70年代感があって、でもやはり1985年録音の楽曲ということでその時代の空気感というものも感じられるのがいい。

……と、なんだか止まらなくなってしまうのでこの辺で。


現在のイナフ・ズナフはチップが継続させていて、ドニーはソロでの活動。
ヴィックはどうしているのだろう?
昨年、イナフ・ズナフはイリノイロックの殿堂入りを果たし、そのステージでチップとドニーはいたけど(動画をYouTubeにて発見)、そこにヴィックはいなかった。
ネットで数年前の画像など見ると安定のチャラい系(コラ)で、なんか安心したけど(おい)。


「Rockabye Dreamland」、この1曲から私の思い出の中の世界が変わった。

しかしながら、ポップだがハードロックで、ラブ&ピース感やサイケで退廃的な妖しさが魅力のデビュー時のイナフ・ズナフの曲、歌が好きというのは根本にあるのでそれは変わらないだろう。

その上でその後のイナフ・ズナフ、そして今回の記事を書いているうちに遅ればせながらの新しい発見というか、声そのものがラブ&ピースなのだとつくづく感じたドニーの世界をチラチラ覗いてみようかと。

最後に、私はイナフ・ズナフが「かなり好き」ではなく、どうやら「すごく好き」みたいである。




*おまけ


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*1:こちらもテレビ神奈川制作の番組だったが、私はネット局にて見ていた

*2: 再発盤(米国・2000年)、発売30周年記念再発盤 (国内・2023年)ではそれぞれ異なる別ジャケットだが、共通するのはリッキーを含むメンバー4人が写っていること

ちょっとEnuff Z’Nuff ―Part4―

Part1にも書いたが、私が過去に書いていたノートに良いと思う新人としていくつかのバンドと共に彼らを書いていたことを確認した。 

で、その辺りのことを今、もう少し思い出してみると、私はそこに書いていた中のウォレントとスキッド・ロウのことは大好きになった。
イナフ・ズナフに関しては「New Thing」のミュージックビデオ(以下MV)だけでしばらく満足していたけど、客観的な感覚としてスキッド・ロウやウォレントと同じぐらい人気が出て売れていくバンドなんだろうなというのはあったのだ。

しかし、そんな私の予想とは裏腹になんかひっそりしているというか、あまり雑誌や洋楽情報番組で見かけないように感じていた。


「なんでだろう?もっと出てきてもいいような気がするけど」


遠巻きにそんなことを思いつつ。


そして1991年、2ndアルバム「Strength」が発表される。

発売日はBURRN!1991年5月号を参照したところ、4月25日予定とあったから、シングル「Mother’s Eyes」のMVはおそらくその周辺の時期で見ていると思う。

ただPart2にも書いた通り、この当時の時系列はあやふやなのでそこは極力気にせず思い出すことにする。

で、「Mother’s Eyes」のMV。

タイトルからほのかに文学的な香り。
見た目的には1st当時のイメージがなくなっていて、なんか地味になったかんじ──と、そんな大まかな記憶しかないこの曲のMV。

YouTubeにて改めて視聴してみると、久しぶりすぎて「あれ?こんなMVだったっけ?」と……。



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メンバー皆、派手なメイクを取り去った以外はまず楽器隊のビジュアルはそんなに変わってなくて、ボーカルのドニー・ヴィーだけが「普通」になっていた。
そして、「アーティスト」な雰囲気を醸し出していた。

そう、ドニーのサイケなイメージが消失し、どこか落ち着いてしまってユニークな個性まで捨てたかのように感じられて、少し寂しかったような。

だがしかし、そのサイケ調はドニーの本意だったのかどうかは別として、その時期の表現がそれだっただけだろうと今では思う。
それに「普通」といっても別にカッコいいからこれはこれで的にわりとすんなり受け入れられた気はする。

時代的にもきらびやかさとは真逆なスタイルのバンド(グランジの台頭など)が多くなっていたように思うし、もう髪をふくらませてフルメイクをするようなバンドが流行った時代は終わった、みたいな空気があったとき。

ということで、笑顔がやはり天使なドニー、素朴な目が優しげなチップ・ズナフ(ba)、なんかほわ〜んとしてる(?)デレク・フリーゴ(gt)、そしてチャラ男全開(!?)、ヴィック・フォックス(drs)という4人の演奏シーン+ドラマパートが差し込まれたMV。

さて、肝心の曲。

当時の率直な感想としては、なんかイマイチ来ないな……というもの。
来ないもの、それは主に脳内での幸福感。
でもだからといって、そこでスルーしたくない。
イナフ・ズナフのことはなにげに好きだし、その状態は保持したい、みたいな。


「ラブ&ピース感は溢れているんだけど……」


とにかく、自分にとっての旨みを探す。

ゆったりとしたミドルテンポ、半音階のリフ。
そのあたりに私にとってのイナフ・ズナフをむりやり凝縮させて、まずは己を納得させた次第。

で、この年(1991年)のどこかのタイミングで1stアルバムを購入していて、どこかのタイミングで2ndも購入している。

一応、私の中に薄皮の如く残っている記憶の感覚として、1stをすごく気に入って、その上での期待と「Mother’s Eyes」の旨みを頼りに2nd購入を決めた、というのはあるのだが。

その2ndアルバム。

アルバムジャケットのマッチョで重厚な表現はいらなかったのに、とちょっとがっかり。
でも大事なのは中身だし……と聴き始める。

ところが聴き進めてもこれ!と心躍る曲が見つからない。
期待をしていた分、残念な気持ちになってしまっている自分がなんかいやだった。
せっかくのアルバム、気に入りたいし元も取りたい。
意地とがめつさが入り混じり、こうなればもう聴き込むしかない。

が、その取り組みはただ忍耐の時間を積み重ねていくだけとなり、上手くいかなかった。
ほどなく聴くことをあきらめ、そのまま放置して現在に至っている。
だから収録曲も全然覚えていないし、「Mother’s Eyes」でさえ、それほどはっきり覚えていなかった。

そして今、このアルバムを聴き直してみることに。
実は聴こうとするのにかなりパワーが要った。
結局好きになれず聴かなくなったのに、聴かないと現在の感想が出てこないから仕方なく(言い方!)。

結果、やはりというか、初めて聴くかのような感覚。

まず。

前作より格段に幅が広がり、奥行きも感じる楽曲。
ハードロック、ハードポップといった枠だけにこだわらず、もっと多くの人が聴く音楽、そう思わせる。

ドニーの歌い方はバージョンアップしたというか、本来はそういうふうにも歌う人だったのか、とにかくそれまでとは変わって退廃的な部分は影を潜め、骨のある上手さも加わってより自由に、より感情豊かに様々に表現する歌いっぷりというのが最も印象に残った。

ちなみに過去インタビューやネットでいろいろ見ていると、ドニーは歌い方などジョン・レノンから影響を受けているとのことだったが、私には直接的によくわからない。

そもそもビートルズのことを表面的にしか知らないし、そこから深掘りすることもなく。
そのわりに、初めて買った洋楽のシングルレコードってビートルズなんだが。

そのへんの関連記事は以下↓

obachan1971.hatenablog.com



ということで曲別一口感想は以下↓


*スイートなサビにときめく、ラブリーで軽快な曲調の「Heaven or Hell 」

*前作に収録「She Wants More」から妖気を抜いたような、とはいえ歌はパワーアップ、ワウを絡めたギターソロがしびれる「Missing You」

*「オペラ座の怪人」っぽいリフ。チープ・トリックの「Heaven Tonight」にも似た雰囲気、嘆きの曲調「Strength」

*正統派なカチッと感のある曲で、サビの歌とそのうしろのカッコいいギターリフの聴こえ方がクールな「In Cloud」

*こういうかんじもビートルズとかジョン・レノン系?哀愁メロディーほとばしる「Holly Wood Ya」

*ストロングかつ叙情的な曲調&歌い方、80年代中期ブリティッシュハードロックな味わい「The World is a Gutter」

*歌とピアノメインのパートが内省的で特にいい、美しい旋律の世界「Goodbye」

*クラシカルなロックンロールを騒がしくしたような「Long Way to Go」

*イントロがなんとなく沖縄民謡っぽい。結局なんだかんだズナフ節と今さらしみじみ「Mother’s Eyes」

*2ndシングル曲のこちら、MVと共に感想は後ほどの「Baby Loves You」

*サビ前から高めた温かく力強いメロディーがサビで昇華の胸アツ展開「Blue Island」

*繊細さと骨太さの2部構成、その空気感だけでも70年代ハードロックを彷彿とさせる壮大な聴き味の「The Way Home/Coming Home」

*こちらも70年代味ありありの大らかさでダスティーな魅力がたまらない「Something for Free」

*ビートルズのカバーかと思ったけど違った「Time to Let You Go」


……で、「Baby Loves You」。

このMV、当時見たような、見ていないような(こんなことばっかり言ってる)。



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キャッチーかつ穏やかにポップな曲。
ふわふわのきれいな白い猫を優しく撫でるようなドニーの歌い方が印象的。

MVは観客キャーキャー系のライブ設定でノリノリ、ソフトフォーカスな映像は夢の世界みたい。
この中でドニーは星条旗デザインの服を着ているのだがそれを見たとき、なんかちょっと引いてしまった……。

いや、「Mother’s Eyes」MVからのギャップ〜!


……ということで。

私が好きなイナフ・ズナフ(=1stアルバム)とは違っているからといって気に入らなかった過去。

それから数十年経った今の耳で聴くと、心躍る曲は多数。
その中で私がいちばん好きな曲は「The Way Home/Coming Home」、もうめちゃくちゃカッコイイ!
デレクのハードロック魂が炸裂する「The World is a Gutter」もすごくいいな。
こうなると次から次へどんどん書き出したくなるほど。

ただ私、ドニーのシャウトだけは苦手で(破壊力あり過ぎ)、全体的に過多気味なのは気になってしまったが。

混沌としながらも、全てをまとめて彼らの象徴としてのピースマークに包んだ、幸福感溢れ続けるアルバム。
こういう感想になるまで、長いインターバルを置かねばならない己に辟易しつつ。

その時間を取り返すように、このアルバムを楽しんで聴き込んでいる。


……もうちょっと、続く。

ちょっとEnuff Z’Nuff ―Part3―

さて、この「ちょっと」シリーズ。
その名のとおり、ちょっとだけさらっと書くつもりでこんなタイトルを付けているのだが、なんだかんだちょっとじゃないなと思いつつ。

今回、ついにパート3までいくということで、この「ちょっと」という定義に完全に反してしまうのではないか?そんなことを考えながらも、しれっとこのまま続けていく私である(なにそれ!)。

と、いうことでイナフ・ズナフの1stアルバム「Enuff Z’Nuff」(1989年)の感想を。


・New Thing

この曲でイナフ・ズナフを知った。

心ワクワク、印象的なイントロのリフに続いてすぐに始まるドニー・ヴィーによる楽しい読経(いや、歌!)は隙間なくどんどん積み上げられていき、サビに到達するとサイケでカラフルな癒しパワーが降り注ぐみたいに。
聴いているこちらも脳内がセロトニンに満たされていく感覚がなんとも心地よい。

併せてこのミュージックビデオと曲に関して記述のある関連記事は以下。
obachan1971.hatenablog.com


・She Wants More

欲望がギラつくような淫靡なムード、けだるいノリがたまらない!

ねっとりと音符に粘着する退廃的なドニーの歌い方のハマり具合がやみつきになる。
Bメロでの、なにかヌガーのひっついてなかなか離れないそのかんじ(特に低い声の方)を耳元で囁かれているみたいに聴いているうち、いつのまにかすごい集中力でその世界に入り浸ってしまう。

悩ましく引きずるようなサビ、そのすぐあとに続く平坦な中にどこかあきらめのような感情が見え隠れするコーラスとの対比、そしてこの一連の流れを締めるフレーズまで、もうことごとく歌が悪魔的にカッコイイ。

とにもかくにもドニーの歌声に対する苦手意識が一気に薄れた非常にありがたい&とても好きな曲。

・Fly High Michelle

私的には「ミシェル」なんだが……ということは置いといて。

無垢な心が闇に吸い込まれていくような、美しく怖い気もするイントロから始まる、ドニーの亡くなった恋人「ミッシェル」への祈りの歌。
どうしようもない喪失感を細やかに、そして力強く歌い上げる。
重い詞の背景に、ドニーへの印象が少しシリアスなものに変化した記憶。

甘みも苦味も絶妙にブレンドされたデレク・フリーゴのギターソロが、手向けの花の舞う如く。
そして、慈しむように穏やかなエンディング。

安らかに、天高く魂の元いた場所へ──。


それから、この曲のミュージックビデオ(以下MV)に対する私の勝手な解釈と感想を少しだけ。



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バンドの演奏シーンを軸に、曲世界を幻想的に表現。
登場する女性の「青い瞳」が歌詞とリンクしている。

このMVでの眼福はドニーのアップ、瞳の中の小さなハートが可愛い&その際の表情がアイドルみたい(こんなことばっかり書いてるな)。

そして終盤、左側に映る人影はドニー?
暗くてよく見えないが空に向かって指差すと、それに応えるように虹が現れる(=ミッシェル)演出、そういうふうに私は感じたが、さりげないその場面にこのMVの全てが集約されているような気がした。

・Hot Little Summer Girl

パーティーロック然としたこのタイトルを初めて見たとき、それ自体は別にいいんだけど、当時の私的にはイナフ・ズナフにそんなタイトルの曲があるのはいやだったので(狭量!)、薄くシラケてしまったが、聴いてみるとあれ?曲調はタイトルっぽくないかも?と(歌詞はタイトルまんま)。
その肩透かし感が、ちょっと嬉しかったりした記憶。

どことなく80年代初期のアメリカン青春コメディー映画のエンドロールで流れていそうな雰囲気も。

ともあれ、すっきりコンパクト、カウベルの音も小気味良く、そこへほんのり哀愁フレーバー。
そのあたりを存分に味わう曲。

・In the Groove

焚きしめた香の煙が浮遊するみたいな出だし、続いてズシンと響くチップ・ズナフのベースとヴィック・フォックスのドラムのコンビネーション、そこに凶暴なギターが牙を剥く。

楕円にうねり、渦巻くグルーヴに、妖気漂うドニーの歌と共にどっぷり浸かり、違う次元に沈み込む。
系統的に「She Wants More」と似ているが、こちらはよりダウナー系。

その中で、情念に取り憑かれたかのように弾きまくるギターは曲を乗っ取るかのような勢い、歌にもバトルを仕掛けるみたいに、またそれが素晴らしい聴き味となっている。
そして曲終わりを締めるギターの、その最後の一音までも残らず、余すところなく没入するのだ──。

好きな曲だが、聴くのにある種の体力を要する暗いパワーあり。

・Little Indian Angel

「Hot Little Summer Girl」と語感が似ていて、感覚的にペアにして覚えていた曲。

イントロその他、いかにもなステレオタイプのインディアン(=アメリカン・インディアン)の雄叫び、リズム&メロディーがちょっとコミカルでアニメチックではあるが象徴的。

この曲のタイトルとなっていて、サビで何度も呼びかけるその女性に対する想いが溢れているのだとしたら、シンプルに愛らしい。
 
・For Now

甘酸っぱいときめき感をほんわか柔らかい空気に包み込んだ、良質なハードポップ。
ゆったりと前向きな曲調、心地よいリズム、何度でも繰り返し聴いてしまう、心落ち着く癒し系。

Aメロでのシンプルで余白あるギタープレイ、そのおかげで(!)聴こえてくるベースの音が新鮮。

が、そこはデレク。
間が持たないのか(!?)、段々、いろいろ入れてきて、短いながら高揚感に包まれるギターソロから歌の後ろでもしっかり詰め込むアウトロなど、後半は至れり尽くせり。
ほっこりとしながらもフラッシーなギターはなんだかんだ、やはり嬉しい。

そしてガサッとしている中にも愁いある歌声は優しい響き。
下降していくバッキングとその上に乗る歌のメロディーが素敵なサビは特に耳福。

・Kiss the Clown

このアルバムを購入した当時に聴いたとき、チープ・トリックみたいだなと思ったけど、イナフ・ズナフの曲としてはなんかちょっと違うというか、そんな感想だった。
彼らがチープ・トリックからも影響を受けているということ、好もしく思っていたにも拘わらず(私、チープ・トリック大好きだったし)……。

まあ、そんなかんじでこのアルバムの中では結構、聴かずに飛ばしていた曲だったのだが。

今になって改めて聴くと、記憶ほどいやじゃない。
聴きやすくてどことなくユニーク。
曲中、チープ・トリックのボーカル、ロビン・ザンダーのような声色(それとシャウトも)の箇所があるけどオマージュなのかな?

とにかく、チープ・トリック風をすんなり好もしいという感想になった曲。

・I Could Never Be Without You

イントロ、ソロ、アウトロ共にタメを効かせつつ、エモーショナルなギターが心に突き刺さるように、そして沁みていくのが味わい深い。

歌を引き立たせるバッキング、洗練されたメロディー&コーラス、しっとりとムード満点な歌、純粋に蜜がとろけるように愛情たっぷりのパワーバラード。

ただひたすら、この温かさ、この甘さに共感し、身を委ねるのみ。

・Finger on the Trigger

イナフ・ズナフにこういう系統をやるイメージがなかったので、最初に聴いたときは意外だった。
とはいえ、それはすぐに嬉しいことに変わったのだけど。
私はブルージーかつハードな曲調が好きなのだ。
そんな私の好みのスタイルに、イナフ・ズナフがカチッとハマったこの曲。

このアルバムの中でいちばん好きというのも超越して、いつ聴いても安定してすごく好きな曲。
最初から最後まで、どこを取っても大好きなのでどう感想をまとめたらいいのか、はてさて。

オープニングからハードボイルドでタフな雰囲気。
鈍色の孤独を湛えるブルースギター、歌は独白の如く。
このパートだけで、芯まで冷えた傷だらけの身体に痛いくらい沁みる、そんなふうに。

そこから続く曲調からは、まさにガンスリンガーのいる西部劇の風景が浮かんでくる。
馬に跨り、荒れた大地を踏みしめていくようなバッキング、その中で、隙あらば的な短いフレーズのチカチカと点滅するライトみたいな部分、微妙に取って付けた感あるかもだが……なんか好き。
あと、歌詞の中の「blues note from frigo‘s guiter」、そこも好きなところ。

そしてドニーの歌声は様々に表情を変え、根っこにある艶は保ちつつ、ザラザラとしたところが強調されていてそこにある渋い旨みがなんともいえない。

ブルースベースにメタリックな華麗さが散りばめられたギター、炸裂するソロは感情をさらけ出すみたいに。

ソロ終わりからの台詞はちょっと投げやりに流れるような早口と後半のキザなかんじがリズム良く。
続く曲進行もエンディングに向かってよりソウルがほとばしる様がとにかくめちゃくちゃカッコいい。
曲が終わり、その余韻に浸る爽快感まで大いに堪能、なのである。



と、いうことで。


イナフ・ズナフの曲について私の好きな特徴、それは癒しを伴うラブ&ピースでサイケな幸福感、退廃的で妖しい魅力──。
それらの特徴にはあまり当てはまらない「Finger on the Trigger」が飛び抜けて好きということに、若干のなんだそれ感もありながら。

こういう感想を書くときはいつも、やはり久方ぶりの鑑賞ということになるのだが、いやはやこのアルバム、今のおばちゃんとなった耳で聴きながら思ったのはつくづく、じっくりと聴きごたえのある、しびれる曲揃ってるな〜、ということである。


……続く。

ちょっとEnuff Z’Nuff ―Part2―

では、改めて。

1989年の秋(多分)。

私が高3のときに「New Thing」のミュージックビデオ(以下MV)でイナフ・ズナフを知った。




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ピースマークに象徴されるヒッピームーブメント、サイケデリックなイメージ──MVに登場するもの、女性たちのファッション、そしてメンバーの中ではボーカルのドニー・ヴィー──そういった私からしたら知らない時代の雰囲気というのは逆に新鮮で、すなわちそれは「新しいこと」、そんなふうに私の目には映った。

が、そのわりにこの曲のタイトルのこと、つい聞き馴染みのある言葉で「ニュー・ソング」と頭に浮かんできてしまい、なかなか正しく「ニュー・シング」とインプットできなかったりしたのではあるが……ま、それはさておき。

そのビジュアルから弾け出る、ちょっと退廃的原色ポップな躍動感、そこにレトロなエッセンス。
一見、いわゆるグラム系といえるが、既存のそれとはひと味違う80年代末に出てきた鮮やかなバンド。


当時、私はこのMVでのドニーを見て、なぜかサヴァ・サヴァ*1というバンドのボーカル、スティーヴン・パリスを思い起こしていた。

ここでちょっと横道に逸れるが、私の記憶の中でのサヴァ・サヴァのことをほんの少し。

1983年頃、私が小6ぐらいのときに日本のアイドル雑誌の洋楽ページで見て知った。
かわいい女の子のメンバーがいて、その子がボーカルなんだな〜と思い込んだ。

その後、また違う記事を見たとき、ボーカルの名前は「スティーヴン」と書いてあって、え、じゃあボーカルは他のメンバー?と。

さらにその後、TVの洋楽情報番組でサヴァ・サヴァが演奏しているのを見たときに歌っていたのは私がずっと女性のメンバーだと思っていた人物で、「ということはこの人がスティーヴン?ほんとに!?」と、歌声を聴いてもなかなか納得出来なかったことを覚えている。

とまあ、そのインパクトある記憶がドニーにだぶってしまった次第。

でも、顔や声が似ているわけではないのだ。
中性的で美形、そこにクセのある独特な歌声。
これらのキーワードが私の中で両者を結び付けたというか。

ということで「New Thing」のMV感想に戻る。

ネオンカラーが印象的な映像。
サイケなグルグル&チカチカを強調したガールズパートを挟みつつ、メインはバンドの演奏シーン。
こちらもやはりサイケ調をベースに、塗料が大胆に飛び散った、というかぶちまけたようなデザインのステージセット、いろいろな衣装に身を包む各メンバーを様々な角度からせわしなくも魅力的に。

それではひとりずつ、まずはドニーから。

たくさん身に付けているピースマークアイテムと艶やかなルックスの融合、丸いフォルムのサングラス及びカラーサングラスがトレードマークのように似合っている。
そこに危険な香りは全くなく、代わりに柔らかな空気を漂わせていて優雅でさえある。
そんなドニーを目で追いながら、当時の私は以下のようなことを思っていた。


(ボーカルの人、すごくきれい。だけど、その……)


──そう、私は当初、ドニーの歌声が苦手だった。

ひとことで言うと、変な声(毎度すいません)。

ザラッとしているのに湿り気があり、粘着性もあって、ちょっと押し詰まっていて、渋みもありつつ……って、なにやら的を得ないが、そんなこんなが共存しているような。

とにかく彼のその容貌からのその声というギャップに私は勝手にモヤついてしまった。

さて、お次はベースのチップ・ズナフ。

ポリスハットにサングラス姿からはちょいと危険な香りが……と思いきや、MVラストあたりでサングラスを少しずらしていて、そこで見えた目はメイクこそしているものの、なんかいい人そうで拍子抜けしたりして。
そして、指弾きなのにそう感じさせない不思議なタイプ。
いや実は私、チップが指弾きということを、今年になって気付いた……。

続いてギターのデレク・フリーゴ。

パフォーマンスにおいてボーカルとのコンビネーションはベーシストが担うこのMVでのギタリストの立ち位置は、ちょっとクールな風来坊……!?

当時の感想としては、ギターが上手いからってイキってる系(おい)、そこにちょっとやさぐれ感が漂っているみたいな。
それが今になって改めて見ると、意外にまあまあハツラツとしてたんだなと。

とにもかくにもワクワク感ハンパないリフ、過不足なく主張するバッキング、コンパクトながら突き抜けるように爆発するソロ(このときの次々と変わっていくギターという演出がなにげに好き)と、そのどれを取っても心地良く。
あと、他のメンバー3人が明るい髪色の中、唯一の黒髪の持ち主でそのコントラストもまたいいかんじ。

最後はドラムのヴィック・フォックス。

デレクと共に(当時の)あるあるタイプ、今どきのハードロック系バンドの若者と感じた記憶。
ヴィックのルックスは特にチャラい系のそれというか、そういう意味でこのバンドでは弱冠浮いていたような印象が私の中ではあった。

それと今までこのMVでのヴィックにあまり目がいかなかったから気付かなかったけど、こんなにくるくるスティックをまわしながら叩いてたんだ。
その姿はキラキラしていて、魅せるドラムプレイはエネルギッシュ。

で、この曲。

無邪気に誘い込まれるような明るい曲調にフラッシーなギターというバランスがなんともいえず絶妙で、聴いていて心躍り、心安らぐ感覚が同時に堪能できてしまうハッピー仕様。

と、そんなかんじのこのMVを録画した私。
以後、他の録画してあるMVと同様に視聴を楽しんでいた。

さて、それから。

相変わらずドニーの声に関しては、こんな声じゃなかったらよかったのにな〜、などと勝手なことを思いながらも曲自体は気に入っていた私。
結果的に彼らの1stアルバムを聴くのだが、その辺の記憶、時系列がどうも……曖昧というかなんというか……。

しかしながら、そこはもうどうしようもないのでとにかく、確実に覚えていることを基本に書き出してみる。

それは、友人からアルバムのCDを借りて聴いたということ。
たまたまイナフ・ズナフの話になって、じゃあ、ということで友人がCDを貸してくれたのだ。
それが1991年で、ここが間違いなく覚えているところ。
だから、アルバムを聴くまでに2年ほど要したことになる。

ふむ、私にとってのイナフ・ズナフは「New Thing」のMVだけで留まれるぐらいの位置付けだったということだな。
やはり、ドニーの歌声で二の足踏んだか!?

──ま、とにもかくにもの1stアルバム。
いざ聴いてみると、これがもう、すごくいい。
ひとまずカセットテープにダビングするも、それだけで満足出来なくなった私は程なくCDを買いに走るのだった。

黒に緑が効いたすっきりとシンプルな配色、バンド名のロゴと象徴的に描かれたピースマークのみの、これまたシンプルなデザインの表ジャケット。
私はこのジャケットが大好き。

そして裏ジャケットにはメンバーの写真。
MVや音楽誌でのイメージとは違う、普段の彼ら?みたいな。
特に、甘美な要素ゼロのドニーのシックな雰囲気には結構びっくりした記憶。
そしてなぜ衣装+メイクのパブリックな彼らではないのか、私としてはそっちの方がしっくりくるのに、なんてほんの少し不満に思ったことも。

が、そのメイクをした姿というのはこのバンドの全てではない、ひとつの方法であったのだということは、今となってわかったのだけど。

ということで、ジャケット鑑賞の次は中身について。
次回、アルバムの収録曲を1曲ずつ、自分なりの感想から書き散らす予定。

*1:1982年デビューの英国出身ニューロマンティック系バンド

ちょっとEnuff Z’Nuff ―Part1―

イナフ・ズナフ、かなり好きである。

但し、1stアルバム「Enuff Z’Nuff」(1989年)だけ──。


そんな私がYouTubeで視聴するのはやはりその中からの曲。
ところがフッと気まぐれに、いつもとは違う気持ちになるときがある。
ちょっと他の曲も聴いてみたくなって適当に動画を再生していく中で見つけたのが「Rockabye Dreamland」。



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アカペラで始まり、一斉に楽器が鳴ったあたりから圧倒的な幸福物質が私の脳内にドバドバとなだれ込んできてあっという間にどっぷり、酔いしれてしまった。

妖しく優しい誘いについて行くと、そこは愛と平和の気分の広がりを感じる幻想の場所──あのピースマークにひっぱられている部分もありつつ──そんな曲調と歌声。

この曲、私からすると「これぞズナフ節」。

1stしかじっくり聴いたことのない分際で何をエラそうに、と自分でも思う。
が、私はこういうイナフ・ズナフに懐かしさと親しみを感じるのだから仕方ないわな(開き直り)。


で、動画の情報。

ローカルTV番組出演時で1986年とあるが、コメントを見ていくと1988年だとする言及がいくつか。
この曲自体はデビュー前の1988年から1989年の間にレコーディングされている未発表曲。
だからこの出演は1988年頃であるという認識でいいのかな?
音源としては2016年発表のアルバム「Clowns Lounge」に収録されている。

さて。

映像は不鮮明でこういうのって当時、TV番組をVHSビデオテープに録画して、それをさらにダビングしたら画質が悪くなって……というやつ?
それか、標準じゃなくて3倍で録ったテープが経年劣化したとか??

まあ何にせよ、逆にそういうのがノスタルジックな風合いを強めていていいかんじ。

そのライブパフォーマンス──といってもリップシンク&当て振りなのだが、それでもほんわかカッコイイ。
その中でドニー・ヴィー(vo.g.kb)とチップ・ズナフ(ba)の楽しそうな姿がいいのだ。

そしていつもならフロントマンのドニーを中心に目が行くところ、この動画では長い手足でステージ映えするチップの方に見入ってしまった。

背か高くてガタイのいい、帽子とサングラスのお兄さん。
一見怖そうだが、ベースを弾く姿はひょうひょうとしているというか軽妙というか。
細かいしぐさや動きにうす〜くどことなくリック・ニールセン(チープ・トリックのギタリスト)味もあるような。

そういえばイナフ・ズナフってチープ・トリックからの影響もあるバンドだった。
そういう情報が頭にあるからそう思うだけかもしれないけど。

あと、ドニーを見守る(?)様子がなんだか保護者(!?)のようで、そんなところもなにやら滋味深く……まあ、皆のバランスを見ながらアイコンタクトというかんじかな?
とにかくそういう雰囲気がいいな〜と。

ではでは他のメンバーも。

ドニーとチップを立てるように控えめに見えるデレク・フリーゴ(gt)。
それってドニー&チップをメインに映すカメラワークも関係してのそういう見え方、というのもあるかな。

この時代らしく派手でテクニカル、エモーショナルな魅力もほとばしるハードロックなギタープレイは私にとってのズナフサウンドに欠かせない要素のひとつ。
だからもっとしゃしゃり出てよかったのに(!?)。

ヴィック・フォックス(drs)もこの場では地味でちょっと素朴な印象。
当て振りだから叩きにくい、とか?(よくわからんけど)。
この人はイケイケなイメージがあったからこの雰囲気は意外だった。

そして天使っぽいドニー。
でも本当は小悪魔で、それが見え隠れするような。
曲中、カメラ目線と表情がバチッと決まる瞬間(2回目の♪Sleep now,baby, still のとこ)、ここは完全に小悪魔だな、うん(勝手な設定と認定)。

それと彼、ちょっとティーンアイドル的なかんじもしたりして。
とにかくいろいろ併せて楽しそうなのがかわいい。


ということで、発見した曲が自分好みですごく嬉しくなったきっかけで、ネットで得た情報なども絡めつつ、私にとってのイナフ・ズナフをちょっと思い出してみようと思う。


まずはバンド名のスペル。

「Enough’s enough」のスペルを意図的に間違えて表現しているというやつ。
当初は「Enough Z’Nuff」、その後「Enuff Z’Nuff」と改名。

次に読み方。

私はこのバンド名、どこで区切るのが正解なのかモヤモヤしたことを覚えている。

その辺も含めてもう少し記憶を呼び起こすため、例のごとく昔に書いていたノートでズナフ関係を探ってみた。


1990年1月14日(日)

よいと思う新人としてはウォレント、イナッフズ ナフ、スキッド ロウ、クワイヤ ボーイズといったところ


──好きな人たちをパートごとにランキングしていたコーナーの最後に書いてあったもの。
彼らに関する記述はこれだけしかなかった。

そうか。「イナッフズ 」で区切る、そんな着地の仕方してたんだ……。
でも、なんでそんな表記をしたんだっけ?

ということで、彼らがデビューした1989年当時を思い出してみる。

イナフ・ズナフを知ったのは「New Thing」のミュージックビデオ(以下MV)にて。
そのときVJは曲紹介の際にこのバンド名に関して「もうたくさんだ」みたいな意味の発言をした。

それでまず思ったのは、「enough」の「イナフ」なのかと。
だったら発音は「イナフ」じゃなくて「イナッフ」だなとなった。

……これ、英語の授業で先生が「enough」を「イナッフ」って言ってたからというのもあったけど、結局こっちの発音が好きで「イナフ」と言いたくなかった(書きたくなかった)だけという……。

で、このバンド名って「enough is enough」をなんかちょっと変えてるかんじ?と。
曲名とバンド名のテロップはカタカナで、それを見てそう思ったような(多分)。


(イナッフ イズを縮めてイナッフズ……ナフはなんかわからんけどイナッフのこと?)


──いや、ちょっともう「イナッフ」っていうマイ表記が恥ずかしすぎるんだが……。

ま、まあとにかくそんなかんじで見たMVを記録するノートに「イナッフズ ナフ」と書き込んだ、気がする。

で。

そのあとに購入したBURRN!1989年12月号(ヘヴィメタル/ハードロック専門誌)での表記は「イナフ・ズ・ナフ」とあった(ちなみにチップの表記も「チップ・ズ・ナフ」)。

でも、英語表記を見てみると「Z’」が「Nuff」寄りっぽいから「ズナフ」では?とか、「Z’」が云々、「Z」の右上のアポストロフィーが云々……と、疑問を持ってみても底の浅い知識、学力では解決することもなく。 

そういうのもわざと間違えてる系で真面目になぜそうなるのか考えても仕方ないのかもしれないのに、答えを求めて勝手に悩む始末。

とにかくどうにもすっきりしないので結局、自分が決めた読み方と表記「イナッフズ ナフ」をそのまま続行(!)。

その後、媒体でのカタカナ表記はいつのまにか「イナフ・ズナフ」に落ち着いたようだった。

一応、1991年のBURRN!5月号に載っている2ndアルバム「Strength」のレビューを見てみると、すでにその表記になっていた。

私はそれを見てどう思ったのか、思い出せない。
ただ当時、友人が彼らのことを「ズナフ」と呼んでいるのを聞いて、「え、そこで呼ぶんだ〜」みたいな感想を持ったことは覚えている。
その呼び方は新鮮で、ファン感が出ていてカッコ良いなと。
そしておそらくその出来事をきっかけに、妙なこだわりが消失していったんだと思う。
もう、表記が「イナフ・ズナフ」なんだったら、それが正解なんだろう、そんなふうに。


──ということで前置きの段階で長くなってしまったが、長くなりついでにメンバーの名前表記のこと、あと名前の印象も少しだけ。

前述のチップ以外に今と昔で表記が変わっているのはデレクとヴィック。

今→デレク・フリーゴ 昔→デレク・フリゴ
今→ヴィック・フォックス 昔→ヴィッキ・フォックス又はヴィッキー・フォックス*1。

二人とも表記ゆれのあるある。
「ヴィック」というのは彼の本名「ヴィクター」の短縮形。
でも「ヴィッキ」 or 「ヴィッキー」もニックネームというか、今でも [Vik “Vikki” Foxx] となってたりするし、どれでもいいみたいな。

あと、1stアルバム(タイトルもバンド名も日本語表記は「イナフ・ズ・ナフ」)のCDの帯にもメンバー名が記載されていた。

デレクは「フリゴ」と当時の表記、ヴィックは「ウィッキー・フォックス」←誤植!?、ドニーは「ドニー・ヴィ」←表記ゆれ。
で、チップは「チップ・ズナフ」と……。

え、そっちは「チップ・ズ・ナフ」じゃなかったの〜!?

私は1stをよく聴いていたからか帯をいつまにか紛失してしまって手元にはなく、ネットの画像で再会したのだけど、なんというか、チップに関してはバンド名と同じ区切りかと思えばこの帯のように異なっていたりと、そういうところで引っかかっていたんだと思う。

そして1989年当時、初めてメンバー名を見たときの感想はというと……
 
ドニー・ヴィー:ドニーって聞き慣れない響き。なんか雰囲気と違う……ラストネームもそれだけ?あっさりしすぎ。
 
チップ・ズ・ナフ:LAガンズのトレイシー・ガンズ的な?ということはこの人がリーダー?

デレク・フリゴ:カッコイイ名前だな〜。「フリゴ」ってなんか好き。

ヴィッキ・フォックス:(英語のスペルを見て)モトリー・クルーのニッキー・シックスをマネてる?そっち系のバンド寄りの人なのかな?


──表記や読み方の思い出に力が入ってしまい、最後も結構引っ張ってしまった。

もしかして、私にとってのイナフ・ズナフに関する最大の思い出ってそれ!?


……次回、気を取り直してまたちょっと、思い出を辿る予定。

*1:昔の表記はBURRN!誌から、今の表記はネット上で確認したもの

別バージョン(5)

前回の記事でカバーバージョンを一曲だけしか取り上げられず、不完全燃焼気味。
ということで私の好きなカバー曲をあと少し。



*バッドランズ「Fire And Rain」(1991年)



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オリジナルはジェイムス・テイラー(1970年)。



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一応、ジェイムス・テイラーの代表的な曲は高校生のとき(1987年か88年頃)にラジオ番組の特集などで聴いて数曲は知っていたが、この曲は聴いたことがなかった。
曲名だけは知っていて有名な曲みたいだなと思いながらも御縁がなく、聴きそびれていた。
なので先に知ったのはバッドランズバージョン。

ちなみに私はこのカバー曲をバッドランズの2ndアルバ厶「Voodoo Highway」(1991年)で知った。
ジャンルのくくりとしてはハードロックではあるものの属性としては金属系ではなく、乾いた木材に土埃系というか、カントリー、ブルース要素もたっぷりと練り込まれた楽曲で構成されており、だからその中で「Fire And Rain」は違和感なくすんなり収まっていたという印象。

さて。

高い歌唱力、エモーショナルかつドラマティックに歌い上げるボーカル(レイ・ギラン)、その歌に寄り添うスモーキーなギター(ジェイク・E・リー)。
軽快な聴き味のドラム(ジェフ・マーティン)、陰に日向に心憎いラインを紡ぐベース(ケニー・チェイソン)、このリズムセクションの堅実な仕事が渋く光る。

なんというか、体内に静かに沁み込んでいって、その行き渡った感覚をしみじみと味わうような、そんな聴き方。

そして聴きながら頭の中でオリジナルを想像してみた。
いろいろとアレンジをシンプルにしていって、なんとなくそんなかんじかな〜?と、ちょっとオリジナルも聴いたような気になったりして。

それから、真のオリジナル(妙な表現)を聴いたのはいつだったか忘れてしまったが、もうすでにオリジナルへの興味も薄れ去っていた時期だったのは確かで、「ふむ、淡々とした歌。あっさりしたかんじ」 というようなそっけない感想で、大体私が想像した雰囲気に近かったこともあり、ついに(たまたま)オリジナルを聴いたというのに特に感動もなかったような……。


とまあ、そんなこんなでもうオリジナル「Fire And Rain」を聴いたことも忘れていたっぽい(忘れすぎ)昨今、MTVでだったかYouTubeでだったか、とにかくこの曲を演奏をする昔のジェイムス・テイラーの映像を見た。




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ジェイムスの張りのある歌声が澄み渡るように響く。
アコースティックギターの弾き語りバージョンの「Fire And Rain」、図らずも新鮮な感覚で聴き入ってしまった。
改めてスタジオアルバムバージョンを聴き直し、元の感想はさっそく上書きされて、寂寥感と清涼感の共存する静かに流れる風に揺れる葉──そんな光景も思い浮かんだりしつつ、やはりこちらもしみじみと。



*ハウス・オブ・ローズ「Can't Find My Way Home」(1990年)



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オリジナルはブラインド・フェイス(1969年)。


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先に知ったのはハウス・オブ・ローズバージョン。
この曲がカバー曲だということを知らず、近年までずっとこのバンドのオリジナルソングという認識だった。

何年か前にYouTubeでハウス・オブ・ローズのこの曲を視聴していたとき、関連動画で出てきたのがブラインド・フェイス。
同じ曲名だから出てきたのかな?と再生してみたらなんとこちらが本家だったわけで。


ではまずハウス・オブ・ローズ。

元エンジェル、ジェフリア──もっとも、私からすればジェフリア時代からの人──のグレッグ・ジェフリア(kb)のバンド。
1988年の彼らのデビュー当時、「なんかパッとしない」という毎度失礼な寸評にて自分の中には入ってこなかったのだが。

それから二年経ったある日、洋楽情報番組にてこの曲のミュージックビデオ(以下MV)がかかったとき、イントロからもう耳が食い付いた。
そして曲の半ばまで続くアコースティックパートに惹きつけられていった。
その前半パートが落ち着いた瞬間を打ち破るドラムの音出しでガラッとアレンジが変わり、神聖な雰囲気を醸し出すキーボードとハードなギターが織り成すサウンドを中心に展開していくのだが、私としてはずっとアコースティックなままで聴きたかったな〜、と。
なんならアコースティックパートのみで終わってもよかった(!)。
まあ、MVでは革ジャンを着ているけれど貴族のような気高さは隠せないグレッグの演奏ビジュアルが眼福だからいいか、みたいな(どこで折り合い付けてんだ)。

と、ずっとそんな聴き方をしていたこの曲。
その関連動画として出てきたオリジナルは、実は先に挙げたスタジオアルバムバージョンではなく、1969年に行われたハイドパークでの無料ライブバージョンの方。




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ブラインド・フェイスというバンド名と、エリック・クラプトン(g.vo)がいたらしい……と、上澄みをさらっただけの情報にて私の中では完了していたバンド。

このライブ動画を見て初めてスティーヴ・ウィンウッド(vo.g.kb)が在籍していたことを知り、驚いたというか。
私にとってのスティーヴ・ウィンウッドは「Higher Love」(1986年)や「Valelie」(1987年)の人だったから──まあ、スペンサー・デイヴィス・グループ時代の「Keep On Running」という曲の映像を見たときの、そういう経歴もあるんだな〜ぐらいの感想はありつつ──とにかく、私からするとスティーヴは当時のAOR系おしゃれ曲アーティストという認識だったのだ。


そのライブ動画。

音が鳴った瞬間、その空気感からしてもうカッコイイ!と、一気に惹き込まれてしまい、お気に入りだったはずのハウス・オブ・ローズバージョンは見事に霞んでしまった……。

あと、いつも思うのはこの時代って聴衆も無駄に(!)カッコいい。
そういうところの合体技もあり、更にライブの雰囲気がイケてるかんじ。

さて。

スティーヴの歌声は私の知っているポピュラーな数曲のものとは違っていてちょっと面食らう。
声は低め、やや荒れているところにワイルド味が。
なんとなく歌いにくそうに聴こえたりもして、でもそんなこんなもまたライブの醍醐味か。

そしてオルガンの音色が幻想的で、ふわふわとしてそれが私の耳に心地よい。

そこにエリックのギターが絡むと幻惑的にも聴こえてくるという不思議な作用あり。

ドラムのジンジャー・ベイカーの風貌は前衛芸術家よろしく、自由な創造性をプレイに憑依させているみたいに。

そしてこの4人の中で唯一、私の全く知らない人物であるベースのリック・グレッチ。
ウィキペディアを参照したところ、ファミリーに在籍していたという記述を見つけた。
私はジョン・ウェットン(ba.g.vo)在籍時のファミリーしか知らないのだが、初代がこの人だったのだな。

そのリック、ベースのブリッジ寄りにスポンジのようなものを挟み込んでいる。

なんだろう?
音をあまり響かせたくないから、とか?

またもやネットで検索すると、そういうミュートのやり方で、それが珍しい方法ということでもないみたい。

そこも踏まえて聴くと、くすんだ色合いのアンティークの如き音であると。

ということでお次はあとから聴いてみたスタジオアルバムバージョン。

曲調は全編アコースティック。
ハウス・オブ・ローズバージョンで私が望んでいたバージョンをオリジナルの方で聴けるとは!

いやしかし、ライブでのエレクトリックバージョンも良いけどこちらの方も素朴な味わい、安らぎ感がなんともいえない。
静かで優しくて浮遊感あるスティーヴの歌い方もいい。
ただ──この世界感に全力で浸りたいのに、空気を読まず(!?)割って入ってくるシンバルの存在──うん、いらない(コラコラ)。
終盤スティーヴの歌が力強くなっていくところでのシンバルはあまり気にならないかんじだけど、だからって叩き過ぎでは?(文句ばっかり)。

あと、オリジナル(イギリス英語)とカバー(アメリカ英語)の「Can't」の発音の違いを確認するように聴くのも小さな楽しみ。


……なんだかオリジナルのブラインド・フェイスで盛り上がってしまって感想のバランスが悪くなってしまった(あ、これはいつものことか)。

ということで、恐ろしくのろのろと続けた「別バージョン」シリーズもやっと終了。
でもまだ若干、心残りが(しつこい)。
また合い間に、ちょこっと書くかも。

ちょっとJohn Waite ―Part 2―

さて。

それからYouTubeにてジョン・ウェイトよりベイビーズの動画ばかり見ていたところ、関連動画でジョンの違うミュージックビデオ(以下MV)が出てきた。
見たことなさそうなその曲のタイトルは「Change」。




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視聴し始めてすぐ、あれ?なんか聴いたことあるな……と思って、記憶を探りながら聴いていくうち、サビのところでパッと思い出した。

この曲、そう、たしか私が中2のとき(1985年)にラジオからエアチェックしたのだった。
動画で聴くまでの長い間、頭の中に浮かび上がってくることなく埋もれて忘れ去ったままだった。

エアチェックした番組は、当時まあまあよく聴いていた「ポップミュージックステーション」(FM大阪)だったと思う。

当時はラジオで好きな曲などかかるのを期待して常にカセットテープをスタンバイさせていた。
知らない曲でも、DJが曲紹介しているあいだに薄くかかっているのを聴いていいかんじかも?と思ったらとりあえず録音ボタンは押していた(この曲はこっちのパターンだろう)。

曲の周辺情報は全然覚えてなくて、とりあえず調べてみたらこの曲はジョンのソロ第1作目のアルバム「Ignition」(1982年)に収められているシングル曲。
そして1985年のアメリカ映画「Vision Quest」のサウンドトラックとしても使用されたそうで、だから私が中2当時に聴いたというのも納得。

さて、この曲で思い出したこと。
その年の冬、マラソン大会に備えて体育の授業はいつも校庭をぐるぐる走る持久走だった。
こういうとき、気を紛らわせるために頭の中で好きな曲をあれこれ流していくのだが、その中で「Change」はすごくかかっていた。
……というか、このときはこの曲しか覚えていない。
中学に入った頃の持久走で脳内再生していた曲はいろいろ覚えていたのにな〜。

obachan1971.hatenablog.com



その持久走。
ただでさえしんどい上に、季節は冬で寒い。

イヤだ、イヤすぎる!

そんな私を励まし、勇気付けてくれたこの曲。
リズム良く走るのにちょうどいいテンポ、気持ちを一定に保たせてくれる優しい明るさ、途中でくじけず頑張れる温かみを、無意識に感じていたのかもしれない。

その後、記憶が薄れていって消えたようになってしまったのはもしかして、このときの脳内ヘビーローテーションが祟ってマラソン大会が終わると徐々にフェイドアウトして聴かなくなってしまった、とかだったのかな〜?

ということでそれ以降、ジョン・ウェイトに対して気になることといえばなぜか髪型のみ。
洋楽専門誌でアルバムジャケットやグラビア、またはMVなどで見かけると、「髪伸ばしてる。なんか違う」とか、「あ、短髪に戻ってる。やっぱりこっちだな」とか。
なんというか、謎な理由だが、髪がちょっと長くなっているだけでなにか体制にでも屈したかのように感じたのだ。

どうしたんだ、ジョン・ウェイト!?みたいな(って、どうしようとジョンの勝手なんだが)。

まあ、最初のイメージって引きずりがちだし……。


と、ここで昔書いていたノートを一応、覗いてみよう。
なんか書いてあるかもしれないし。

どれどれ……


1985年 初冬

☆みんなの星座だよ!

──というタイトルをつけたコーナー。
12星座それぞれにあてはまるアーティストなどを書き込んでいた中の、かに座のところに「ジョン ウエイト」とあった。

1985年6月20日(木)

*サイシンジョーホー*

──というタイトルをつけた文章にはラットのスティーヴン・パーシー(vo)の星座が判明(かに座)したことを書いていて、ついでに、

☆7月生まれ総チェック!

──というミニコーナーを作って日別に何人か書いているうちの、4日に「ジョン ウエイト」と。


1989年11月5日(日)

なんでもランク 第5回

──というコーナーにて。
これはバンドにおける各パート、あと、好きな人たちを自分なりにランキングしたもの。

ボーカルのところ、ランク外だが好きなボーカリストを何人か書いている中にジョンの名があった。


……なんか、誰がどの星座なのか気になってしょうがなかったんだな。
音楽雑誌の付録カレンダーにアーティストの誕生日も印刷されていたからそれを見てノートに書いたりしていたけど、誰なのかわからない人もとにかく書き写していた。
そんなかんじだったからジョンのこともたまたま書いたのだろう。

ボーカルのところにジョンを書いていたのは、バッド・イングリッシュ在籍時だったからだと思う。
それまでTOP40系、シンプル&クールな人という認識だったので、このバンドで見たときにびっくりしたのを覚えている。
なぜなら、しっかりハードロックの人になっていたから。

バッド・イングリッシュとは、ニール・ショーン(gt)、ジョナサン・ケイン(kb)の元ジャーニー組(ジョナサンは元ベイビーズでもある)、ジョン・ウェイト(vo)、リッキー・フィリップス(ba)の元ベイビーズ組、そしてディーン・カストロノヴォ(dr)というメンバーで1987年結成された、いわゆるスーパー グループである。

と、ウィキペディア(英語版)を参照したのだが、87年結成とは知らなかった。

その年、ジョンはアルバム「Rovers Return」をリリースしているし、ジャーニーもまだアルバム「Raised On Ragio」(1986年)からのミュージックビデオ(以下MV)が流れていたから、なんか妙なかんじ。

私の記憶では89年にこのバンドを知った感か強い。
アルバム「BAD ENGLISH」(1989年)からの1st シングル「Forget Me Not」のMVを見たとき、ジョンの今まで見たことないほどの長い髪に、私はハードロック魂を感じた。




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それまで散々、ジョンの髪がちょっと伸びているだけでやれイヤだ、やれ違うとほざいておきながら、ちょっとどころか肩より長い髪型を私はここにきて歓迎したのだ。

中2のときにラットを好きになり、ヘヴィメタル専門誌のBURRN!を読むようになって以来、基本的にヘヴィメタル、ハードロック(以下HM/HR)の世界の住人となっていた私。

そこにあのジョン・ウェイトが思いがけずこちらの世界に来てくれた、しかも気合いを入れて(?)髪も長くしていて、みたいな気持ちになってなんか嬉しかったのだと思う。

細身の白いスーツにストールでアクセントをつけたコーディネートはスリムな体形にすごく合っていたし、眉上の短い前髪、そこに丸いサングラスというのもかっこよかった。

そしてなにより、バンドの一員としてのジョン・ウェイトというのを見たことがなかった私にはそこで躍動する姿が新鮮に映った。
まあ、ちょっと、以前からジョンに対して抱いていた、なんかイキってるイメージというのはまだ残ってはいたけれど……それもこのMVでジョンの笑顔というのを初めて見たとき、それがまあまあなくなったというか。

ジョナサンにいたづらっぽく押されたりしてちょっとよろける(!)ジョン、でも笑顔満開、という場面を見て、「なんかいいなあ、よかったな〜、ジョン」とか思った記憶。

いや、ジョンってどことなく寂しげな雰囲気あったから、なんとなくそんな感想に……。
それと、ベイビーズで一緒だった(という知識だけはあった)ジョナサンとまたそうして再会してのバンド活動は楽しそうに見えて、実際どうだったかは別として私の勝手な想像でそんなふうに思ってしまった次第。

ルックス的なことばかり書いてしまったが、肝心のボーカルはハードなサウンドに乗って力強く、持ち味そのままに真っ向勝負。
ジョンの歌声というものの評価が自分の中でまた変わっていって、とにかくバッド・イングリッシュにいるジョンは私にとってハードロックのボーカリストとなった。

ということで「Forget Me Not」を気に入った私はアルバム「BAD ENGLISH」目当てにレンタルCD店へ向かうのであった。


──このアルバム、当時録音したカセットテープは今もう手元になく(MD移行でテープ処分→数年後、MDプレイヤー壊れる→終了)、何十年かぶりに(こんなのばっかり)YouTubeにて聴いてみた。
当時を思い出しつつ、ざっと感想を書いてみる。


様々な歌の表現を丁寧に楽しむようなボーカル、ギターは曲ごとに合わせてのバランス感覚が絶妙なプレイ(でも私としては物足りなかった)、キーボードはかなり目立っていて、それが良くも悪くも華やか。 

リズムセクションはというと、パワーが有り余っている感ありのドラムは超パワフル。
そしてキーボードが出しゃばっていて(?)存在が薄れがちなベース(ありがち!)。

で、一番好きな曲は「Forget Me Not」、それは今も昔も変わらず。
当時はこの曲と同じくらいハード系の曲を他の収録曲にも期待してアルバムを聴いたけど、もうひとつガツンと来ないというか……。

その理由は上にもチラッと書いた、「物足りないギター」。

大体、私からするとギターのニール・ショーンは「こっち側(HM/HR)の人」という認識だった。
それは、1985年(レコーディング及びMV収録は1985年。音源の発売、そしてMVが音楽情報番組で紹介されたのは1986年)、アフリカ飢餓救済のためのHM/HRミュージシャンによるチャリティ・プロジェクト「ヒア・アンド・エイド」の方にニールが参加していたから。

当時のジャーニーのボーカル、スティーヴ・ペリーはUSAフォー・アフリカの方に参加。
これはアメリカの大御所系、世界的にビッグなポピュラーソング系のアーティストが集結していて、だからジャーニーというバンドもどちらかというとそっちの方にカテゴライズされているのかなというふうに思っていた。

とにかく、そういうなんかすごそうなバンドのすごそうな人が、気さくに異文化交流のごとく私の好きなこっちの世界に来てくれた、みたいに感じたのだ。
それで急に、もうほんとに単純だが、ニール・ショーンっていい人だな〜、なんて。
だからこのアルバムにはきっとハード系の曲が揃っていて、ソロも大いに堪能出来るのだろうなと期待していたのだ。

それがフタを開けてみたら、あれ?と肩すかしをくらって、うーん?みたいな。

で、まあ、パワーバラードが多いなと。

たしかにジョン・ウェイトである以上(!)、切ない系は外せないんだけども。



2曲目のシングル「When I See You Smile」*1。


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──この曲が全米ビルボードNo.1になったとき、あとリーバイスのCMソングとしてテレビから流れてきたときもなんだか嬉しかった。



3曲目のシングル「Price Of Love」。


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──このアルバムのバラードの中ではいちばん好きな曲。

ただ、シングルとしてバラードが続いたということで、「また?」という思いも。
結局そういう路線なのか……なんて勝手にがっかりしたり。
それはアルバムを聴いた地点で薄々感じていたことだったけど、なんか認めたくなかった。

以降、シングルはブルージーでノリのいい曲調にグラマラスなキラキラをまぶしたような「Heaven Is A 4 Letter Word」、次はまたまたバラードで哀愁が炸裂する「Possession」と続いたが、このあたりのことをどう思ったのか、記憶に自信がない。


そう、「ハードロック!」と期待してアルバムを聴いてみると、「……ハードロック」という微妙な感想になってしまった感。
それでもハードロックの拡大解釈カテゴリーというのがあるとすればそこには確実に入っていて、それはわかっていながらもより純度を高めたハードロックバンドであってほしかったのにという恨み節が入り混じり、複雑な心境だったというのが本音。

……まあ、もっと手っ取り早く言うと、


(「Forget Me Not」のMVであんなにカッコよかったのにな〜……)


ということに尽きるのだが。


バラードがヒットしていた故にそれらの曲ばかりテレビの洋楽情報番組でもよく流れていて、私などその状況に辟易してしまっていた部分もあったけど、なんだかんだバッド・イングリッシュのことを嫌いになりたくなかった。

次のアルバムこそ、もっとハードな作品であってほしいと願っていたものの、2枚目の「Backlash」(1991年)が出る頃まで、私の情熱は続かなかった……(なんだかな〜)。


まあ、そんなこんなの思い出もありながら、私の洋楽リスナー人生において最もジョン・ウェイトに親しみを持っていたのがこのバッド・イングリッシュの1枚目が出ていた時期といえる。

その後、バッド・イングリッシュに関心がなくなると同時にジョンのことも私の嗜好外の人となり、たまに気にすることといえばまたもや髪型だけというふうに戻っていき……。

しかしながら今回、YouTubeからのベイビーズに始まり自分の思い出の中のジョン・ウェイトを辿っていく過程で改めてジョンの歌というものをちょっと、でも自分なりにじっくりと再認識することが出来た。

時代によって印象が変わるところも味わい深いが、唯一無二の怒涛の哀愁は不変である。

*1:外部ソングライター(ダイアン・ウォーレン)による作品

ちょっとJohn Waite ―Part 1―

気付けば一年以上、グダグダと続けてきた「別バージョン」シリーズ。
もう一回ぐらいやって終わりたいところではあるが、今回は気分転換。


さて。

このところ、ちょっとしたジョン・ウェイト再認識期間に入っている私である。
それはたまたまMTVのクラシックス系の番組で「Missing You」のミュージックビデオ(以下MV)をものすごく久しぶりに見て、あ〜、こんなかんじのMVだったんだな〜、とこの曲の存在を思い出したところから始まる。



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それからまたYouTubeで見たりしていたら、関連動画でベイビーズが出てきた──ジョン・ウェイト、そしてジャーニーのジョナサン・ケイン(kb)が在籍していたという情報のみをインプットして終了していたバンド──ちょっと、見てみようか。

何の曲の動画だったか、早くも忘れてしまったが……ちょっと地味な印象だった。
ジョンはベースを弾きながら歌っていて、そこに驚いた。
ベースボーカルだったということがすごく意外なかんじ。
ボーカリストのイメージしかなかったし。

へ〜とか思いながら他の動画に。



最初に視聴した曲とはガラッと違う印象、明るくポップな出だしの「Back On My Feet Again」という曲。


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ジョンはベースを持たず、ボーカル専任となっている。
なんだかちょっとジャーニーっぽいけどそれってジョナサン効果?

── と、すぐに気に入ったこの曲で「ベイビーズ、いいかも」と心の中に留め置きつつ、それからもポツポツと上がってくる関連動画を見ていった。



女性バックボーカル二人を配した「Isn't It Time」


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そういえば昔の歌謡曲って、こういう軽やかで気品のあるコーラスがよく入っていた気がする。



そしてもう一曲、女性バックボーカルが一人いる「Every Time I Think Of You」。


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こちらはゴスペル的なソウルを感じさせるパンチある歌声がカッコイイ。
交互に入るジョンのボーカルも負けそうで(コラコラ)負けてない。


そんなかんじでこれらの動画を時々見ていたある時、「Isn't It Time」をボーっと視聴していたら、ある箇所(サビ前の盛り上がっていくところ)のジョンの歌声が私のどこかにスッと刺さった瞬間があった。 

そこから急にジョン・ウェイトの声が好きになった。

これまでジョンの歌について特に好きでも嫌いでもなかったのだが。

今回の件(大げさ)を自己分析してみると、季節は晩秋に差し掛かっていて、どことなく物憂げな冷たい空気を感じていたところに、あの明るさのない寂しげな、全くカラッとしていない歌声(悪口ではない)が哀愁のかたまり(!)のようになって刺さり、それが瞬時に溶けて沁みていった、みたいなかんじ。

もし、これが春とか梅雨とか夏とかの季節だったなら、何も思わずスルーしていたかも……。
ま、何にせよ、おばちゃんになった耳で聴いて気付いたジョン・ウェイトの声の良さ、歌の上手さ。
歳を取ってからのこういう再発見はやはり嬉しい。


では、ここからはあとで調べて(主にいつものウィキペディア)知ったことを。

まず、ベイビーズがイギリスのバンド*1だったということ。
なんとなくアメリカのバンドだと思っていた。
同じくジョンのことも、ずっとアメリカ人だと。
でもこういうの、先入観あるあるだな。

で。

「Isn't It Time」(1976年)、「Every Time I Think Of You」(1977年)の両曲とも外部ソングライター(ジャック・コンラッド&レイ・ケネディ)による作品。

この二つの動画はどちらもオランダの音楽番組「Top Pop」出演時のものでリップシンク&当て振り。
そしてどちらもバックボーカルの女性たちはレコーディング時のメンバーではない。

「Isn't It Time」だが、実際にはザ・バベッツ(リサ・フリーマン・ロバーツ、マーナ・マシューズ、パット・ヘンダーソン)というベイビーズのためのバックボーカルユニットで、ツアーにも参加していたとか。

この彼女たち三人はアンドレ・クラウチ&ディサイプルズというゴスペルグループで活動していたそうで、だからあの系統の歌声だったのだな、と。

番組で歌っていた女性二人はオランダのシンガー(ワンダ・ステラード、マルグリット・エスハイス)とのコメントを見つけたけど、情報がなさ過ぎて確証は得られず(なに捜査してんだ)。

「Every Time I Think Of You」も実際のメンバーは先ほどと同じくザ・バベッツ。
その中であのパンチあるソロはマーナ・マシューズだそうだ。

こちらも、番組出演していた女性は誰なのか?
コメント欄を参照してみると、「アン・ベルトゥッチ」とするコメントが多く、調べてみると彼女は当時、ベイビーズのツアーでのバックボーカルであったそう(オーディションで選ばれたとか)。
だから、そうかな?(てか、そこまで追求しなくても……)。

ちなみに彼女はその後ソロデビューし、日本のカセットテープ(マクセルニューUD)のCMに曲が使われたりもしたらしい。


──なんかこういうロックバンドが女性バックボーカルを従えてのラインナップ(ライブなど限定的ではあるけど)って珍しいな〜とか思ったけど、そういえば昔、モトリー・クルーが「ナスティ・ハビッツ」という二人の女性バックボーカルを従えてライブしていたというケースもあったっけ。

この二曲における彼女たちの歌のパートが好きなので、ついジョンのことより調べてしまった。


ということで、「Missing You」(1984年)に戻る。

その当時私は中1で、ジョン・ウェイトを知ったのがこの曲。
たしか、当時見ていた洋楽情報番組「ビルボードTOP40」で初めて見た、と思う。
もうあやふやだが、とにかくこの番組で見た印象が強い。
そこでこの曲が1位になっているのを見て、「知らない人…… 1位になっているからすごいはずなのに、そんなふうに思えない」という感想を持った(毎度毎度失礼な奴だな)ことを覚えている。

このとき、このビルボードTOP40だったのか他の番組だったのか、アーティスト名表記が「ジョン・ウエイト」と、「エ」が小さくなっていなかった。


(ウエイト。ウェイト、じゃなくて。でも、発音は……ウェイト?)


そうして読みはウェイト、書きはウエイトと自分にしか通用しない解釈をした私。
でも雑誌にはウェイト表記があったり、ちょっと混在気味だったような(表記ゆれ?)。

──ところでこの記憶、合ってるのかな?
実際はどうだったのか、1984,85年のMUSIC LIFE(洋楽専門誌)を何冊かめくってみた。

すると……見た限り全部「ウェイト」表記。
え〜、そうだった!?

あきらめ悪く今度はBURRN!(ヘヴィメタル/ハードロック専門誌)の1989年あたりをパラパラ見ても結果は同じ。

……あら。

私が見たウエイトって、もしかして……誤表記??


ま、まあ、とにもかくにも。

当時の私は、ウエイト表記にどっしりしたものを感じて気に入っていて、表記においては軽いかんじのするウェイトを否定、以降ウエイトを貫いたのだった。


そんなガチガチ頭だった私であったが。


今、「ジョン・ウェイト」とあるものをネット上で様々見ると、そうか、それでは、とすんなり受け入れられた。

そういうわけで今回の記事も「ウェイト」とした次第。

いやしかし、若いときにあれほどこだわっていたことも、歳と共にそういうのって柔軟になっていくものなんだな。

そんなこんなもありながらの、「Missing You」の思い出、感想をもう少し。

このMVを見た当時、ジョンのふてくされたよう表情や投げやりなかんじの歌い方、おまけにどこか辛気臭い、そして全体的にはイキってるところ(なんかとにかくすいません)が鼻についてあまり好きではなかった。 

でも、短髪のあの髪型はキリッとしていてよかった。
左耳のピアスも。
あと、この曲のサビは心に残り、好きだった。

と、そんなかんじ。


で、今の感想。

その時代のオシャレ系、スタイリッシュな空気感のMV。

恋人は自分の元から去っていったけど、寂しくなんかない。
でもそれは自分にそう言いきかせようとしているだけで本心では未練ありまくり。

スリ傷だらけの心を抱えて強がる男をジョンがMVの中の世界で見事に表現していて、そうか、その演技が中1当時の私にあんな感想を抱かせたんだな、と。
ちょうどドラマの役に視聴者が感情移入してしまうみたいに(昔の感想をしれっと正当化)。

以下はMVにおける私の好きな場面(勝手な想像付き)。

恋人*2との楽しかった日々の回想の中。
彼女、天真爛漫系かな?でも気が強そう。
彼女の姿にドキドキ、ときにタジタジ(!?)のジョンが思いがけなくかわいい。

あと、電話の場面。
戻ってきてほしい、と言いたいのかな?
でも彼女の声を聞いてしまうと何も言えない。

ついにはもう、気が付くと手が勝手に番号を押しているという末期症状(?)、想いが自分の中で絡まって、ついには受話器を叩き壊してしまうという……(情念!)。


──さて、ここでこの曲の詞の背景についてネットでいくつか見てきたことを。
それによると、ジョンが関わった3人の女性(イギリスの元妻、ニューヨークに住み始めた時の元彼女、その当時の彼女)とのそれぞれのストーリーがインスピレーションの元となったそうだ。

ちなみに、3人の共通点は「金髪」だったとか。
MVで黒髪の女性になっていたのは、金髪の女性だとリアルすぎてちょっと……とかだったりして!?


と、まあそんなかんじで、この曲のMVでジョン・ウェイトのイメージが固まった私。

その後の思い出をあとちょっと、次回にて。

*1:のち(1979年)に加入するジョナサン・ケインとリッキー・フィリップス(ba)はアメリカ人

*2:演じているのは「エリザベス・レイコ・クボタ」という女優(英語版ウィキペディアより)。

別バージョン (4)

*カバーバージョン


カバーバージョンとは、あるアーティスト、バンドが発表した楽曲を他のアーティスト、バンドがアレンジなど施して演奏、発表すること。


曲に困ったらコレ!みたいな!? 

いやいや、名曲や隠れた名曲の存在を知ることが出来、各々違うテイストを賛否両論ひっくるめて、なんだかんだ一粒で何度でもおいしい。

ということで、まずは 「 Shapes Of Things」(1966年)という曲。
オリジナルはヤードバーズである。

私はゲイリー・ムーアの「Shapes Of Things」(1984年)で知った。




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曲調は全体的にゆったりと風通しの良い広大さを感じさせる中、楽器隊が揃って畳み掛けるように音程を下降していくリフがメリハリとなり、これがシンプルながらカッコイイ。

そしてギターソロは吹き抜ける風に癒やされるみたいに心地良く、自然の中で深呼吸する清々しさと同時に空高く飛翔するような高揚感をも味わえる。

ラストはゲイリーによるダメ押しのようなシャウトにたじろぐ──いや、そんな高い声を出すイメージがなかったもんで……。


さて、この曲がカバーバージョンだということをたしか「笑う洋楽展」という音楽バラエティ番組で知ったように思う。
そこでヤードバーズの映像をみて、「え、これってゲイリー・ムーアの……あの曲ってカバーだったんだ〜!」と。
なんというか、元曲がヤードバーズだったということにびっくりした。

と、知ったかぶって書いたものの、私のヤードバーズに関する知識は三人の偉大なギタリスト(エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック)を輩出したバンドであるということのみで、曲を聴いたことはなかったのだけど。




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ギタリストはジェフ・ベック。

で、聴いた感想はというと……ちょっと「セサミストリート」の歌っぽい!?

いやはや、私はこの系統──60年代のブリティッシュビート系を積極的に開拓することがないままここまで来たせいか、私のぼんやりとしたイメージでは「お揃いのスーツを着ていた頃のビートルズとそんなふうなその他」みたいなところで止まっており、そこから発展するような感想がなかなか出てこない。

そんなわけでこの曲についてのウィキペディアを覗いたところ、ギターソロで「フィードバック奏法」というテクニックが使用されているとか、サイケデリックサウンドの初期における曲でもあるとか。

フィードバック奏法というのは音楽雑誌なんかで見たことあるやつ。
実際に聴くと、あ、これのことか〜みたいな。
当時は革新的な奏法だったのか。
サイケデリックというのは……うーん、私からするとそういうふうな印象は受けなかったけどな〜。

そうして取り急ぎ情報を仕入れた上で、じっくりと聴く。
カルト的催眠作用が見え隠れする、クネクネと妖しい旋律のギターソロはインド音楽っぽいイメージで、こういうかんじが、そういえばサイケデリック?
なにかこのソロ部分だけが異質というか、全体的な曲調より時代が先に行っているように感じた。

さて、そんなこんなのヤードバーズ、そこからのゲイリー・ムーア。

この両曲の間になんとなくの空白が漂っているような気はしていた。

そしてまたまたウィキペディアでムーアバージョンのことを見てみたら、それってジェフ・ベック・グループバージョンのカバーだったのだ。



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ヤードバーズの曲を元メンバー(ジェフ・ベック)がカバー。
これは、セルフリメイク?違う?(深く考えるとよくわからん)。

それにしてものベックバージョン。

溢れ出すグルーヴがすごい!
そしてとにかくカッコいい!

オリジナルと比べてグッとテンポを落としたリズム、ギターの音の悪魔的響き、そこに染み込むようにタメを持って絡みつくソウルフルなボーカルは力強さと繊細さのメリハリに惹き込まれる。

ボーカルはロッド・スチュワート。
私が知ったのは小5のとき、日本のアイドル雑誌付録の歌本における洋楽アルバムリリースのページにて(多分)。
曲を初めて聴いたのは1984年、「infatuation」のミュージックビデオ(以下MV)にて。

ちょうどかつての盟友、ジェフ・ベックがロッドのツアーに参加するということも話題になっていた(でも結局ツアー途中でケンカ別れ)。

ちなみに当時、ついでに知った「ジェフ・ベック・グループ」というバンド名の響きになんとなくのレジェンド感とカッコよさを感じた。
まあ、これは大物ロッドつながりからの認識だったのだろう(単純な奴)。

同じグループ名義でも、「マイケル・シェンカー・グループ」には「え?グ、グループ!?」みたいな反応だったのにね!(失礼な奴)。

え〜、余談はさておき、ロッドの曲に関しては遡ってもソロのキャリアまで、それも歴代のMVでのみ知る程度でそれ以前の活動(ジェフ・ベック・グループ、フェイセズ)での歌声は全く聴いたことがなかったのだが、こんなにもR&Bの人だったとは。

これまでの私のロッドへのイメージというのはどちらかといえば「ポップスター」。
時代に合わせて歌い方も変化していったのかもしれないが、今聴くとジェフ・ベック・グループ当時の歌い方が逆に今の時代のように聴こえるし、なによりめちゃくちゃカッコいい。


ということで、それぞれのカバーバージョンの聴き比べは興味深かった、のであるが。

結局、一曲しか取り上げなかったな……。

別バージョン (3)

*セルフリメイク


セルフリメイクとは、過去に発表した自作品をアレンジ、再レコーディングすること。
今回はそれぞれのバージョンの曲への思い出やらを。


シカゴ「25 Or 6 To 4」(1986バージョン)




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オリジナルは1970年発表、邦題は「長い夜」。

先に知ったのは86年バージョンの方。
当時私は中3で、邦題から知り、そのあとすぐ原題表示を見たとき、なんだか意味不明な数字の並びだけど、それがまた暗号的でかっこいいなと思った。 


(25 か 6 から 4……)


時間の何か?
でも、数字同士の関係が説明出来ない。


そんな不思議な直訳しか出来なかった私、早々に行き詰まる。


……ま、とりあえず訳の方は置いといて(トホホ)、なんでこのタイトルがあんなふうな邦題になるのか、原題だけでいいのにな〜なんて思ったりしているうちに年月は過ぎ、現在に至る(!)。


ということで今回、やっとこさタイトルに関して調べてみた(以下、ウィキペディアを参照、抜粋)。

「午前4時の25〜6分前」(=午前3時34〜35分)

という訳になるそうだ。

この曲の作者であるロバート・ラム(vo.kb)曰く、「ただ時間について言っているだけ」。
真夜中に曲を作っていて、時計を見たらその時刻だった、ということ。

そして歌詞を読むと、作品を生み出そうとするその時間というのが、そのまま「長い夜」であったのだな、と。
そんな感想が出てくると、代わりにこの邦題に持ち続けていたマイナスな感想はなんとなく薄まっていった。

ただ、歌詞の解釈については諸説あるようで(こういうのもあるある?)。


さて。

86年バージョンでは新加入のジェイソン・シェフ(vo.ba)がボーカルを担当。
オリジナルメンバーのピーター・セテラ(vo.ba)はすでに脱退していてソロになっていたのだが。

この曲を聴いたとき、私はちょっと混乱したような記憶がある。


(あれ?歌ってるの、ピーター・セテラ?)


セルフリメイクとはいえ新曲なのに元メンバーがボーカルを担当するわけないなどと思いつつ、私はそれがピーターではないとの確信が持てなかった。

裏を返せばそれだけ新メンバーのジェイソンの歌声はシカゴのボーカルとして違和感なく耳に入ってきたということ。

ちなみにミュージックビデオ(以下MV)には申し訳程度にジェイソンを含むシカゴのメンバーが登場しているのだが、当時の私は見逃していたのだろう(のちにボーカルに関して正しく認識)。

で、曲。

曲調はシリアス、サウンドはハード。
MVのイメージも重なって、無機質な雰囲気の中にシカゴならではのホーンセクションが息遣いを感じさせつつ、メカニカルに組み込まれて聴こえてくるかんじ。

前作「Chicago 17」(1984年)からのシングルはハードテイストな「Stay The Night」以外バラードや軽やかな曲が続き、それらの楽曲もすごく好きだったのだが、次作「Chicago18」(1986年)からの先行シングルであるこの「25 Or 6 To 4」は私の感覚からすれば久しぶりのハード系の曲という印象で、このときすでにヘヴィメタル、ハードロックリスナーとなっていた私にとってはシカゴがまたこういう曲をやってくれるということが嬉しかった。

そんな、力強く当時の音のかっこよさもあったこのセルフリメイク曲。
私からすれば、オリジナルの方はすごく昔に発表されたのだな〜、ちょっと興味あるけど、という程度の感想で終了していた。

その後、私は自分の知らない時代の洋楽に興味を持つように。

で、高1くらいのときだったか、新聞ラジオ欄にてシカゴの過去曲を特集する番組を見つけた私は張り切ってエアチェック。
このときの目当ては、ラジオ欄に載っていた方のタイトルで表すと「素直になれなくて」(原題 「 Hard To Say I'm Sorry」)。
そしてもう1曲、お、と思った「長い夜」。
もちろん、オリジナルである。




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DJはシカゴの歴史をコンパクトに紹介。
断片的な記憶しかないが、当時の時代背景、反戦運動、シュプレヒコール、怒れる若者たち……そんなワードと共に、政治的なメッセージのある曲をやっていたということに驚いた。
私が知っているシカゴにそんなイメージは全くなかったから。

さて、録音ボタンを押す。

「いったい現実を把握している者はいるだろうか」(原題 「Does Anybody really Know What Time It Is」)という曲のタイトルの小難しさに怯むも、そんな曲を聴いている自分ってなんかすご〜い(勘違い)とか悦に入ったりしているうちに始まった「長い夜」。


軽っ!


ギターの音がペラペラしていて、それが当時の音ということなのだろうが、私の耳には86年バージョンの音が基準になっていたから、それと比べるとどうしてもオリジナルの音は肩透かしを喰らったみたいに感じてしまった。

テンポも小気味良く、「あ、速〜」とかなっている間にも曲はどんどん進んでいって取り残されそうになる勢い。
 
そしてギターソロ、こちらも進撃するかのようなバッキングを背に脇目も振らず──やっぱりその、ペラペラした音は気になったけど──あと、当時の私はワウをかましたうねる音色もあまり好きではなく、ちょっとギターがなあ……みたいな感想だった。

ボーカルはハリのある澄んだ声で攻撃的に歌う、その声こそはピーター・セテラ。それだけで感動。
オリジナルということをそこで実感するみたいな。

リメイクバージョンのときもピーターが歌っていてほしかったけど、オリジナルを聴いて改めてまたそんなことを思ったり。

こちら、86年バージョンと比べて軽くて速い(私の感覚)、でも熱量はとんでもないというアンバランスさ、それらが混沌と圧になっているように聴こえて、聴くこちら側も立ち向かう覚悟がいるというか……昔のギターサウンドに耳が慣れず苦手だったこともあり、かっこいい曲に違いないのだが、それよりも他に録音したふんわりと優しい曲、「愛ある別れ」(原題 「If You Leave Me Now」)や「朝もやの二人」(原題 「Baby,What A Big Surprise」)など、そっちの方ばかり聴いていたかんじ。


ということで、近年は両方の曲を聴くこともなくなっていたのだが、このお題で記事を書こうとしたときにふと86年バージョンのことを思い出し、YouTubeで動画を検索しているときに関連動画として出てきたのがこの曲のライブ。




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なんとなく見始めたが、自然と目が釘付けになっていた。
最初に聴いたときのネガティブな感想のまま止まっていた、あのギターソロパートに。

何かに憑依されたかのような、息つく隙もない怒涛のインプロヴィゼーション。
おばちゃんとなった私は、もうその音が古くてなんか嫌だとか思わない。
ただただ、めちゃくちゃカッコイイギターソロだと思うのみ!

ギターはテリー・キャス。
ちなみに私がエアチェックをしたときの番組DJは「テリー・カス」と発音していた。
そしてその中で語られた、銃によるアクシデントにより亡くなったということが衝撃的で、その印象ばかり残っていて彼がどの楽器の担当であったのかなど全く頭に残っていなかった。

こうして過去の貴重な映像を視聴することが出来る時代になって初めて知ることも、再発見することも本当に多い。


ライブバージョンが飛び入り(!)となって少し脱線してしまった。

ということで。

私からすると懐かしい86年バージョン、硬派な聴き味のオリジナル。
年齢を重ねてから改めての聴き比べもまた一興である。