洋楽クラシックロック雑記帳

懐古趣味の70年代、大体リアルタイムの80年代を中心に思いつくまま。ほぼ備忘録

Kate Bush 「Wuthering Heights 」

1985年、中1の終わりぐらいのときのこと。

夜更かし禁止を母から言い渡されていたせいで、夜11時30分から始まる洋楽ミュージックビデオ(以下MV)がたっぷり流れる魅惑的な音楽番組「MUSIC TV」を堂々と見ることが出来ず、こそこそと見るしかなかったにも関わらず、この曲のMVを見たときの記憶はいささか妙である。
それは、二階にあった小さなテレビで見たということ。
別の部屋とはいえ家族は皆、二階で寝ているのにそんな大胆なことをするだろうか。
部屋を真っ暗にし、テレビの音量は最小にしていたとはいえ、寝付きの悪い母に気付かれて踏み込まれたら終わりなのだ(別に悪事を働いてるわけじゃないのに)。

ま、細かいことは覚えていないがとにもかくにも布団から抜け出し、MUSIC TVを途中から見始めた。

その時間帯は私にとって相当な深夜だったと思う。
登場するMVは古そうで知らないアーティストばかり。
それでも好奇心いっぱいで画面を食い入るように見つめていたのだが。

そうしているうち、感覚がおかしくなってきた。
なにかがスーッと入ってきて、夢と現実の境界線がぼやけてくるような。
そんな頭の中があやふやなとき、出現という言葉がしっくりくるかんじで映し出されたのがケイト・ブッシュ
「Wuthering Heights 」のMVである。




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私の目は画面に釘付けになった。


(……この人は、何……!?)


まるで羽根が生えているみたいに浮遊感のある歌、前衛的な独特の動き。
完全に自分の世界を発動させてスパークしているその姿にはある種の狂気すら感じる。

少しモヤがかかったような風景もどこか幻影のように映り、私はなんとなく怖くなってきた。
だからかどうか、この映像は今MUSIC TVで流れているものではない気がしてきたのだ。

昔の……私が生まれたぐらいの時代の放送がタイムスリップしてきてる?*1
なにか時空を超えて紛れ込んできたのでは。
それとも、まさか私が時を駆けてしまったとか!?

そんなふうに思ってしまうと急に焦り出した。
なにしろ「トワイライト・ゾーン」的な現象を目の当たりにしているのだ。

──って、もうその地点で脳は眠気で半分寝ていたのだろうが、とにかく頑張ってこの奇妙な感覚をなんとか客観視するよう努めた。
しかしながら、私は自分の感じたことを自分に説明することは出来なかった。

摩訶不思議な気持ちのまま視聴しているうち、もしかしてこの人妖精か何かなんじゃないかと疑い始める私。
気まぐれにフッと現れ、フッと消える(そんなイメージのMVだが)、もうそういう系統としか思えなくなってきていた。
ビデオ終盤、体全体でメトロノームみたいに、指先までもしなやかに丁寧に右腕を振り続けるところ、それが「さようなら。もう会えないけど、さようなら〜。さようなら〜!」みたいに感じて本当にもうこの映像を見ることは出来ないのかもしれないという気になってしまった。
そして見終わった後の余韻の作用も強く、特にあの執拗に(!)腕を振っている場面が頭にこびりついて離れなかった。


混沌とした気持ちで寝床に戻り、翌朝になってもまだ釈然としなかった。
あれは一体なんだったんだろう──なんだか現実に見た気がしないかんじ。
睡魔による幻……やっぱり……夢だったんだろうか。
夢の中で私はMUSIC TVを見たのかな。

とはいえ、MVの始めと終わりにはアーティスト名と曲名がしっかり出ていたが、そこも夢?
曲名の「Wuthering Heights 」が読めず、“Kate Bush”という名前は苗字だけかろうじて読めたと思うがなぜかその名前に現実味を感じなかった。
おそらく、自分の中にない単語、響きということでピンとこなかっただけだろう。
ともあれ私はこのことを忘れないよう、字面を目に心に焼き付けた。
そして、覚えている限りのスペルをノートの片隅にメモした。
夢でも不思議な出来事でもなかったことを確信する日が来るまで、正式に「見たMVを記録するノート」に書くわけにはいかない。



さて、この妖精かもしれない人は意外に早くその姿を現してくれた。

あれから数ヶ月後。
私は中2になっていて、発見場所は雑誌だったかテレビだったかもう定かではないがどちらにせよメモをしたあの名前を見つけたのである。

この名前──この人だったんだ!でも……なんか不思議度が薄まってるような──。

洋楽情報番組で見た「神秘の丘」(原題はRunning Up That Hill)のMVでも感想は同じ。
洗練された舞踊が美しいこのビデオの中のケイトからあのヘンテコリンな魅力が感じられないことに、自分勝手な違和感をも覚えたのだ。

「Wuthering Heights 」から7年ほど経った頃のケイト、いろいろ変わっていて当然。
経過など知らず、いきなりワープ状態の私からすれば彼女は落ち着いた大人の女性で、現実世界に確かに存在している人として映ってしまうのだった。

まあ、とにかくこれで彼女が実在のアーティストであることははっきりしたし堂々とMV視聴ノートに記すことも出来る。
だがしかし!ここで満足するような私ではない(しつこい)。

願わくばまたもう一度、あの曲のMVを見たい。
あの、なんて読むのかわからないタイトルの。

……とはいうものの見たければすぐ見れるという時代ではなく、洋楽番組を楽しく視聴する中でいつか目当てのMVが流れないかなと気長に待つぐらいしかなかったのだけど。

だからそれはそれとして、曲だけでもまた聴けたらいいな〜と。
ただ、ここでひとつ問題があった。
この曲には「嵐が丘」という邦題がついていたが、私はそれを知らなかったことである。

ラジオ欄などでは邦題が載るので原題だけで探していても永遠に見つからない。
そんなかんじで全然この曲が引っかからなかった。

その後、「嵐が丘’86」という曲が「Wuthering Heights 」のニューボーカルバージョンであるということをどこかのタイミングで知り、ラジオからエアチェックしたことは覚えている。



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ドラマチックな表現力、美しい声の響きは力強い。
どっしりと、まるで母なる大地の歌のように。

今、改めて2曲を聴き比べてみると実に興味深いのだが、当時はなんとなくオリジナル版と違うように感じる程度。
多分、私はもう元の歌の方をほとんど覚えていなかったと思う。
ただそんなこと関係なく好きな曲だったし、こちらバージョンもよく聴いてたな〜。

結局それからもオリジナルを聴くチャンスは訪れず、この曲1曲のためにアルバムを買うのはちょっと……などと長いこと躊躇していたがレンタルCDショップにもなぜか置いてなかったし、清水の舞台から飛び降りるつもりで(大げさ過ぎ)ケイトの1stアルバム「The Kick Inside」(1978年)を購入した次第。
すると事前の不安もどこへやら、他の曲にもことごとく魅了され、結果大満足するのであった。

ちなみにこのアルバムの邦題は「天使と小悪魔」。
大体の場合、邦題でイメージを狂わされることが多かったのだがこのアルバムでは逆。
これほどすんなりイメージと合致した邦題はないくらいで、このアルバムを思い浮かべたときに一緒に出るタイトルは完全に邦題の方である。

そんな天使のような小悪魔のような妖精のような(長い)あのMVはというと、もうほんとに全くどの番組でも流れることなくその映像は遥か彼方に遠ざかるばかり。

もう見られないかもしれない感覚は当たっていたのか?
とすると、あのとき私はやはり、トワイライトゾーンに……??

永遠に紛れ去ったかのようにも思えたMVだったが、長い年月を経てついに再びその姿を現してくれた。
発見場所は私にとってありがたい音楽系アカシックレコード的存在(ややこしい言い方!)、毎度おなじみYouTube である。

かれこれ35年ぶりぐらい。
さすがに今ではいろいろと冷静に見てしまうが、それでも知らぬ間にその世界に引きずり込まれている。
それはもしかして初めてこの映像を見たあの夜の、いつもと違う部屋の小さいテレビで見始めたときから始まっていたのかもしれない世界──いや、でも本当に、なぜあの部屋で見た記憶なのかな〜……(エンドレス)。

*1:この曲のリリースは1978年1月なのでそんなわけない。念のため。